A2Bとデジタル・マイクにより、高性能の新たな車載アプリケーションを実現する

はじめに

本稿では、A2B®(Automotive Audio Bus®)技術について解説します。A2Bは、車載アプリケーション向けのコネクティビティ技術です。同技術とデジタル・マイクロフォンというイノベーションを組み合わせることにより、次世代の車載インフォテインメント・システムに向けた革新的なアプリケーションの開発が急速に進んでいます。

市場とアプリケーションに関する展望

多くの自動車メーカーは、競合他社との差別化を図るべく電子システムの開発に尽力しています。特に、車室内向けのシステムについては、オーディオ、音声、音響に関連するアプリケーション領域が急速に拡大しています。また、一般消費者が高度な電子システムに精通してきたことに伴い、運転時のユーザ・エクスペリエンスや車両とのやり取りに対する期待が非常に高まっています。現在では、どの価格帯の車両でも、ホーム・シアターのレベルのサウンド・システムを備えていることが当たり前になりました。また、洗練されたハンズフリー(以下、HF)システムや車内通信(ICC:In-car Communication)システムなどによる機能強化も図られています。従来、ANC(Active Noise Cancellation)やRNC(Road Noise Cancellation)の機能は、最高級の車両にしか搭載されていませんでした。しかし、現在では普及価格帯の車両にもそうした機能が適用されるようになっています。将来に目を向けると、レベル4/レベル5の自律走行車が緊急車両の存在を検出できるようにしなければなりません。そのためには、可聴帯域の音声信号や音響に基づく技術がECU(Electronic Control Unit)において不可欠な要素になります。

上述したような従来のアプリケーションと新たなアプリケーションには共通点があります。それは、マイクロフォン(以下、マイク)や加速度センサーといった高性能の音響センシング技術に依存しているということです。また、新たなアプリケーションのほとんどは、システム・レベルで最高の性能を実現するためにマイク(またはマイク・アレイ)のような音響センサーを複数個必要とします。加えて、システムの総コストを最小限に抑えるためには、シンプルでコスト効率の高い相互接続(インターコネクト)技術が必要になります。従来は、マイクに最適な相互接続技術は存在しませんでした。高価で重いアナログのシールド・ケーブルを使用して、各マイクを処理用のユニットに直接接続しなければならなかったのです。このことは、自動車メーカーにとって大きな課題でした。ケーブルに関連するコストの増加は、主にケーブル自体の使用量に依存して生じます。それ以外にも、車体の重量の増加と燃費の低下という形でコストに影響が及びます。そのような理由から、音響に関するアプリケーションの普及が妨げられたり、高級車での利用に限定されたりといったことが生じていました。ただ、このような状況には変化が訪れています。デジタル・マイクとコネクティビティ技術の進化により、次世代の車載インフォテインメント・システムでは、革新的なアプリケーションの採用が急速に進むと見られています。特に、A2B技術は大きな変革をもたらすはずです。

従来のアナログ・マイクが抱える限界

ほとんどの国では、自動車の運転中に携帯電話を使用することは禁じられています。しかし、ほぼすべての車種では、Bluetooth®に対応するHF通話用の機器が標準装備となっています。HF通話向けのソリューションの例としては、スピーカとマイクを搭載したシンプルなスタンドアロン型のユニットが挙げられます。その一方で、車載インフォテインメント・システムに完全に統合された高度なソリューションも存在します。様々な形態のものがあるわけですが、ほとんどのHFシステムは、最近まで非常によく似た方法で実装されていました。その方法とは、50年前から使われているエレクトレット・コンデンサ・マイク(ECM:Electret Condenser Microphone)を1つだけ(まれに2つ)使用するというものです。残念ながら、伝送されるオーディオ信号の質については不満足なレベルであることが多々ありました。特に、シンプルなスタンドアロン型のユニットで、マイクと話者の口の距離がかなり長くなる可能性がある場合にはその問題が顕著でした。マイクをできるだけ口元に近づけて(例えば、車両のヘッドライナーなどに)装着すれば、通信品質を高めることも可能でしょう。しかし、運転席と助手席の両方で同じような対応を図ろうとすると、フロント・シートの両側に各1個のマイクを設置しなければなりません。

標準的な車載用のECMは、ECMカプセルと小型のアンプ回路を1つのハウジングに収める形で提供されます。そのアンプ回路は、標準的な車載システムで使われる数mのケーブルで伝送できる電圧レベルのアナログ信号を供給します。ECMからの信号は、そのままではケーブル長に対して小さすぎ、電磁干渉の影響によってS/N比が大幅に低下してしまいます。アンプ回路で増幅した場合でも、シールドを施したケーブルを使用しなければなりません。通常、ケーブルとしては、マイクにバイアス(8V)を供給可能な2線式のものが使われます。このような要件を考慮すると、普及価格帯の車両で使用できるECMの数は、重量とコストによって制限されることは明らかです。

ECMの数少ない長所の1つは、音響的な面で指向性を備えていることです。通常、ECMを使用する場合には、スーパーカーディオイド/ハイパーカーディオイドの極座標パターンが得られるように調整されます。MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)ベースのマイクにも単一指向性を持たせることは可能ですが、通常、より複雑な音響設計が必要になります。ECMの場合、通常は10dB以上の後方減衰を実現することができます。ここで言う「後方」とは、フロントガラスの方向のことです。この方向からはノイズのみが生じ、話者の声をはじめとする必要な信号は発生しません。必要な信号の入射方向に対して高い感度が得られるようになっていると、S/N比を向上させる上で非常に有利です。しかし、指向性を備えるECMカプセルには、低い周波数で感度が低下する(ハイパス特性)といった望ましくない性質があります。通常、ハイパス応答のカットオフ周波数は、300Hz~350Hzの範囲にあります。HF技術が登場したころには、このハイパス特性は長所となっていました。低い周波数帯に生じるエンジンの音が、マイクを通過する際に減衰していたからです。しかし、広帯域/HD(High Definition)の通話が行える時代になったことから、このハイパス特性が問題として浮上するようになりました。広帯域の通話の場合、有効帯域幅は従来の300Hz~3400Hzから100Hz~7000Hzへと広がります。そのため、ハイパス特性を備えるマイクを使う場合、後処理用のユニットで100Hz~300Hzの信号を増幅しなければなりません。マイクのオーディオ帯域幅がもともと広かったなら、このような処理は必要ありませんでした。ECMのもう1つの欠点は、感度と周波数特性の製造ばらつきが大きいことです。このばらつきの大きさは、単一のマイクしか使わないアプリケーションではさほど問題にならないかもしれません。しかし、狭い間隔で複数のマイクを並べたマイク・アレイを使用するアプリケーションの場合、最適な性能を得るためには、各マイクの特性が同等であることが不可欠です。このようなアプリケーションでは、とてもECMを使うことはできません。また、物理的な寸法の観点からも、従来のECMカプセルは、小型化が求められるマイク・アレイには適していません。

通常、マイク・アレイは、従来のECMと比べて同等以上の指向性を備えています。そのため、車載を含む広範な用途で使用されています。2個以上のマイクをアレイとしてグループ化することで、取得した信号から音の波及方向に関する空間的な情報を抽出することが可能になります。この種のアルゴリズムは、ビームフォーミングと呼ばれています。その理由は、フェーズド・アレイ・アンテナで使用されるビームフォーミングと似ているからです。フェーズド・アレイ・アンテナでは、単純な純線形フィルタと総和アルゴリズムにより、アンテナ・アレイから放射される電波を特定の方向に集中させます。その結果、電波のビームが形成されます。マイク・アレイにはそのようなビームは存在しませんが、ビームフォーミングという用語は、マイクの信号処理の分野でも非常によく使われています。マイク・アレイのビームフォーミング(以下、BF)には、線形、非線形の両方を含む多様なアルゴリズムが使用されます。それにより、単純な線形のBF処理と比べて高い性能と柔軟性が得られます。

車室内のような環境では、HF用のマイクは必要な音声信号と外乱信号の両方を捕捉することになります。そのため、ほとんどの場合、マイクで取得した信号に対しては、BFを含む後処理を適用しなければなりません。風切り音、ロード・ノイズ、エンジン音などによってS/N比が低下するからです。それに加え、スピーカから再生される信号(スピーカ・エコー)も、マイクにとっては不要な成分になります。このような外乱信号を低減して音声品質を高めるには、精巧なデジタル信号処理技術が必要です。代表的な処理の例としては、音響エコー・キャンセル(AEC:Acoustic Echo Cancelling)やノイズ・リダクション(NR:Noise Reduction)が挙げられます。AECでは、マイクからスピーカの音を除去する処理を行います。この処理を施さなければ、回線の他端で話している人の声がエコーとして送信されてしまいます。一方、NRを適用すれば、走行音を低減し、伝送する信号のS/N比を高めることができます。ITU(国際電気通信連合)は、HFシステムに求められる多くの性能の詳細を規定しています。例えば、ITU-T P.1100や同P.1110などの仕様が発行されています。AECやNRの処理が規格を満たせないものである場合、走行中の車両における通話品質は満足のいくレベルに達していない可能性があります。一方で、AECやNRにBFのアルゴリズムを組み合わせれば、様々な新しいアプリケーションを実現できます。これらの処理は、多かれ少なかれデジタル・オーディオ信号処理に依存します。そうしたアプリケーションに対応するには、従来のECMの欠点を解消した新世代のマイクが必要になります。

MEMSベースのデジタル・マイクが備える優位性

MEMSベースのマイクを利用すれば、従来のECMよりも多くのメリットが得られます。実際、その種のマイクは急速に普及しつつあります。MEMSを活用すれば、何よりもまず、既存のECMカプセルよりもはるかに小型の音感センサーを実現することが可能です。また、MEMSセンサーとA/Dコンバータ(ADC)を単一のICとして集積すればデジタル・マイクを構成できます。このようなマイクを使えば、AEC/NR/BFの処理をすぐに適用できる状態の信号を供給することが可能になります。

MEMSベースのマイクの中には、ADCを集積化していないアナログ出力のものも存在します。ただ、その種の製品はECMと同様の欠点を抱えています。実際、従来の2線式のアナログ・インターフェースを使用して稼働させる場合には、ECMを使う場合よりも複雑なアンプ回路が必要になることがあります。完全にデジタル化されたインターフェース技術を使うことで、アナログ信号用のワイヤに特有の干渉とS/N比の問題を大幅に軽減できます。また、製造の観点からもMEMSマイクの方が好ましいと言えます。MEMSマイクであれば、ECMカプセルよりもはるかに厳しい仕様でばらつきを抑えられるからです。このことは、BFのアルゴリズムを適用する際に重要な意味を持ちます。更に、MEMSマイクの場合、自動実装技術を利用できます。そうすると、製造プロセスが大幅に簡素化され、全体的な製造コストを削減することが可能になります。アプリケーションの観点からは、小型化を図れることが最大のメリットです。音を取り入れるポートの穴が非常に小さいので、MEMSマイクを使用する場合、アレイを構成したとしても、ほとんど見えない状態にすることができます。なお、ポートの穴とセンサーへの音道については、設計と製造において細心の注意が必要です。音響シールがしっかりしていない場合、内部構造から生じたノイズがセンサーに届いたり、2つのセンサーの間で生じる音漏れによってBFのアルゴリズムの性能が低下したりする可能性があります。標準的なECMカプセルは、設計/製造によって無指向性にも指向性にも構成できます。それとは異なり、MEMSマイクの素子は、ほとんどの場合、無指向性になるように製造されます(つまり、音を取得する際に固有の指向性は生じません)。MEMSマイクは位相の面で真に無指向性の音圧センサーであり、高度なBFのアルゴリズムにとって理想的な信号を供給します。また、減衰の方向とビームの幅はユーザがソフトウェアによって設定することが可能です。

システムを構築する際、すべての信号処理モジュールとアルゴリズム一式を統合するのは非常に重要なことです。複数の機能ブロックを互いに分離した状態で実装すると、処理に関連する遅延が無駄に大きくなってシステム全体の性能が低下します。例えば、BFのアルゴリズムは常にAECのアルゴリズムと共に実装する必要があります。また、両アルゴリズムについては、同一のプロバイダから提供されているものを組み合わせるべきです。BFのアルゴリズムによって信号に何らかの非線形的な影響が生じている場合、AECのアルゴリズムによって満足のいく結果を得ることはできません。デジタル信号処理によって理想的な結果を得るには、マイクからの劣化していない信号を、すべてのアルゴリズムを統合したバンドルによって処理する方法が最適です。

ここからは、高度なBFのアルゴリズムについての解説を進めます。その内容を理解しやすくするために、標準的なBFの線形アルゴリズムとアナログ・デバイセズ独自のアルゴリズムを詳細に比較してみましょう。図1のプロットは、3種類の異なるアルゴリズムについて、インビームの方向とオフビームの方向の極座標特性を示したものです。黒色の曲線は、2個のマイクで構成したアレイをベースとする標準的な線形スーパーカーディオイド・アルゴリズムの特性を表しています。このベンチマーク用の曲線を見ると、0°という標準的な方向で最大の減衰量(つまり、最大のオフビーム減衰)が現れています。一方、180°では後方ローブが生じています。この部分では、オフビームの減衰量が低い値になります。結果として生じる後方ローブは、線形アルゴリズムにおいてビームの幅とトレードオフの関係になります。カーディオイドビーム(図には示していません)については、180°で減衰量が最大になります。但し、その受音領域は、ハイパーカーディオイド/スーパーカーディオイドの構成よりも広くなります。後方ローブが小さく、オフビームにおける減衰量が大きいビームは、非線形のアルゴリズムによって実現できます。赤色の曲線をご覧ください。これは、2個のマイク(両者の間隔は20mm)を対象としたアナログ・デバイセズ独自のアルゴリズムの特性を表しています。

図1. BFのアルゴリズムの減衰特性。線形アルゴリズムとアナログ・デバイセズ独自のアルゴリズムによって得られる特性を極座標で示しました。
図1. BFのアルゴリズムの減衰特性。線形アルゴリズムとアナログ・デバイセズ独自のアルゴリズムによって得られる特性を極座標で示しました。

2個の無指向性マイクを使ってアレイを構成した場合、ビームの形状は必ず回転対称になります。つまり、極座標プロットで見た場合、X°における減衰量は、360° - X°における減衰量と一致します。このことから、極座標プロットの0°と180°を結ぶ直線は、2個のマイクをつなぐ仮想的な線に相当すると見なすことができます。3次元のビーム形状は、このマイクの軸の周りに2次元の極座標プロットを回転させることで想像できます。回転対称性のない非対称のビームや、より幅の狭いビームを得るためには、少なくとも3個のマイクを三角形に配置する必要があります。例えば、標準的なオーバーヘッド・コンソールについては、2個のマイクから成るアレイを使用することでフロントガラスからの音を減衰させることができます。しかし、その場合、アレイによって運転席と助手席を区別することはできません。アレイを90°回転させれば、運転席と助手席を区別できるようになりますが、フロントガラスからのノイズと車室内の音を区別できなくなってしまいます。フロントガラスからのノイズの減衰と、運転席と助手席の区別を両立させるには、3個以上の無指向性マイクでアレイを構成する必要があります。図1の緑色の曲線は、3個のマイクを対象としたアナログ・デバイセズ独自のアルゴリズムの特性を表したものです。このプロットは、マイクを20mm間隔で正三角形に配置した場合の特性を表しています。

図1の極座標プロットは、帯域を制限したホワイト・ノイズを様々な角度からマイク・アレイに入射して、数値を算出した結果です。オーディオ帯域幅は100Hz~7000Hzに制限しています。これは、広帯域/HDの携帯電話ネットワークにおける音声の帯域幅に相当します。図2は、各アルゴリズムの周波数特性を示したものです。ご覧のように、インビームの方向ではいずれのアルゴリズムの周波数特性も、所望のオーディオ帯域幅の範囲内で平坦になっています。一方、オフビームの方向の周波数特性は、オフビームの半空間(90°~270°)を対象とした計算によって取得しました。オフビームの方向では、広い周波数範囲にわたって大きな減衰が生じることを確認できます。

図2. BFのアルゴリズムの周波数特性。線形アルゴリズムとアナログ・デバイセズ独自のアルゴリズムによって得られる特性を示しました。破線はインビームの方向、実線はオフビームの方向に対応しています。
図2. BFのアルゴリズムの周波数特性。線形アルゴリズムとアナログ・デバイセズ独自のアルゴリズムによって得られる特性を示しました。破線はインビームの方向、実線はオフビームの方向に対応しています。

アレイ用のマイクの間隔、オーディオ帯域幅と、サンプリング・レートの関係については詳しく理解しておくべきです。広帯域/HDの音声信号を扱う携帯電話システムでは、その伝送に適した16kHzのサンプリング・レートを採用しています。つまり、旧来の狭帯域のシステムで使用されていた8kHzよりもはるかに高いサンプリング・レートが使われるようになったということです。それらのシステムを比較すると、音声の質と会話の明瞭度に大きな差があることがわかります。そのため、音声認識のプロバイダに牽引される形で、24kHz、32kHzといったより高いサンプリング・レートに対する需要も高まっています。更には、サンプリング・レートを48kHz程度まで高めなければならないアプリケーションも見受けられます。通常、これらのサンプリング・レートは、プライマリ・システムで使用されます。根底にあるのは、内部でサンプリング・レートの変換を実施するのは避けたいという考え方です。しかし、このような高いサンプリング・レートに対応するためには、演算用のリソースを追加する必要があります。とはいえ、それによって耳で聞いてわかるレベルの明確なメリットが得られるというわけではありません。そのため、現在ほとんどの音声帯域アプリケーションでは、16kHzや24kHzのサンプリング・レートが広く受け入れられています。

高いサンプリング・レートを採用すると、BFのアプリケーションで問題が生じます。というのは、マイクの間隔の2倍で音速を割った値に相当する周波数において、空間エイリアシングが発生するからです。その周波数ではBFを実施できないので、望ましくない状態に陥ることになります。広帯域のシステム(サンプリング・レートが16kHz)では、マイクの間隔を21mm以下に制限することで、空間エイリアシングを回避することができます。空間エイリアシングを回避するためには、サンプリング・レートが高いほどマイクの間隔をより狭める必要があります。しかし、マイクの間隔があまりにも狭いのは望ましいことではありません。マイクの許容誤差や、マイク/センサーに固有のノイズ(非音響)が問題になるからです。特に後者のノイズの問題は、重要な意味を持つので注意が必要です。アレイを構成するマイクの間隔が狭いと、マイク間の信号の差がわずかになります。その差よりも、マイクに固有のノイズやマイク間の感度の偏差といった外乱の方が大きな意味を持つ要素になるかもしれません。現実的には、マイクの間隔は10mm以上に設定する必要があります。

A2B技術の概要

A2Bは、新たな車載アプリケーションが抱える課題を解消するために開発された技術です。その課題は、車載用のマイク/センサーに対するコネクティビティに関するものでした。実装の観点から言えば、A2Bは単一のメイン・ノードと複数のサブ・ノード(最大10個)から成るライン・トポロジを構成する技術だと説明できます。現在、アナログ・デバイセズは、A2Bに対応する第3世代のトランシーバーの製品ファミリを提供しています。同ファミリは、機能の強化が図られた5種類の製品から成ります。いずれの製品にも、車載、産業、民生の各温度グレードに対応するオプションが用意されています。同ファミリの「AD2428W」は、システムに必要なすべての機能を備えた製品です。その派生品種として、ピン互換性を備えた「AD2429W」、「AD2427W」、「AD2426W」、「AD2420W」を提供しています。これらの製品では、機能を絞ることで低コスト化が図られています。

AD2427WとAD2426Wは、サブ・ノード向けの機能だけに絞った製品です。主に、マイクによってHF、ANC/RNC、ICCなどのアプリケーションを実現するために使用します。AD2429WとAD2420Wはエントリ・クラスの製品であり、他の3品種と比べてコストの面で大きなメリットが得られます。特に、eCall(車両緊急通報システム)やマイク・アレイ・システムなど、コストが重要なアプリケーションに最適です。表1に、各製品の機能についてまとめました。

表1. A2B対応トランシーバー製品の比較
機能 AD2420/ AD2420W AD2426/ AD2426W AD2427/ AD2427W AD2428/ AD2428W AD2429/ AD2429W
メイン・ノードの機能 なし なし なし あり あり
検出可能なサブ・ノード数 最大10 最大2
機能TRXブロック Aのみ Aのみ A+B A+B Bのみ
I2S/TDMへの対応 なし なし なし あり あり
PDMマイクの入力数 2 4 4 4 4
ノード間の最大ケーブル長 5 m 15 m 15 m 15 m 5 m

AD242xファミリは、1個のメイン・ノードと最大10個のサブ・ノードに対応します。また、トータルのバス長が40mに達するデイジーチェーン接続を構成できます。個々のノード間の距離は15mまでです。A2Bのデイジーチェーン型ライン・トポロジは、既存のリング・トポロジと比べて、システム全体の完全性と堅牢性の面で重要な長所を備えています。A2Bでは、デイジーチェーンの1つの接続に障害が発生しても、ネットワーク全体が使えなくなることはありません。障害の影響を受けるのは、障害のある接続から下流に存在するノードだけです。また、A2Bに組み込まれている診断機能を使えば、障害の原因となっている部分を隔離し、割り込み信号を送出して修正措置を施すことが可能です。

メイン・ノード/サブ・ノードで構成されるA2Bのライン・トポロジは、既存のデジタル・バス・アーキテクチャと比べて本質的に効率が高いと言えます。バスを検出するシンプルなプロセスの後、通常のバスの動作を管理するためにプロセッサが介入する必要はありません。また、A2B独自のアーキテクチャはもう1つの大きな長所を備えています。それは、A2Bバス上のオーディオ・ノードの位置に関わらず、システムの遅延が完全にデタミニスティックであることです。その遅延は2バス・サイクルとなり、50マイクロ秒未満に抑えられます。このことは、ANC/RNCやICCといった音声/オーディオ・アプリケーションにおいて非常に重要な意味を持ちます。それらのアプリケーションでは、複数のリモート・センサーを使って取得したオーディオ・データ(サンプリング・データ)を、時間的な同期をとった状態で処理する必要があるからです。

A2B対応のトランシーバーを使用する場合、オーディオ、制御、クロックの各信号と電力は1本の2線式UTP(Unshielded Twisted Pair)ケーブルによって供給されます。そのため、以下に示す理由から、システム全体のコストを削減することが可能になります。

  • 従来の実装と比べて、物理的なケーブルの数を減らすことができます。
  • 高価なシールド・ケーブルではなく、低コストで軽量な UTPケーブルを使用することが可能です。
  • 最も重要なのは、特定のユース・ケースにおいて、A2B 技術によるバス・パワー機能を利用できることです。具体的には、A2B のデイジーチェーンを介して、オーディオ用のノードに最大 300mA の電流を供給することが可能です。この機能により、オーディオ用の ECU にはローカルの電源が不要になります。その結果、トータルのシステム・コストを更に削減することができます。

A2B技術では、トータルで50Mbpsのバス帯域幅が得られます。そのため、標準的なオーディオ・システムで用いられるサンプリング・レート(44.1kHz、48kHzなど)とチャンネル幅(16ビット、24ビット)に対応したそれぞれ最大32のアップストリーム/ダウンストリーム・チャンネルをサポートすることができます。言い換えれば、様々なオーディオI/Oデバイスに対する高い柔軟性とコネクティビティを得ることが可能です。オーディオ用ECUの間のシグナル・チェーンを完全にデジタル化することができ、ADC/DACで扱うデータに起因する音質の劣化を抑えられます。

A2B技術には、システム・レベルの診断機能が不可欠です。A2Bに対応するすべてのノードは、様々な障害の状態を識別する機能を備えていることになります。例えば、ワイヤの切断/ショート、逆接続、電源/グラウンドへの短絡などの障害を検出できます。A2Bの診断機能は、システムの完全性の面で重要な意味を持ちます。そうした障害が発生した場合でも、障害の上流に位置するA2B対応ノードは、問題なく動作を継続しなければならないからです。また、各種の診断機能により、障害の発生個所を効率的に隔離することもできます。販売業者/設置業者にとって、これは非常に重要なことです。

アナログ・デバイセズは、第4世代のA2B対応トランシーバーである「AD243x」を発表しています。同ファミリの製品は、第3世代品までの技術をベースとして、主要な機能パラメータの値を高めています。例えば、ノード数は17に、バス・パワーは50Wに拡張されています。また、SPI(Serial Peripheral Interface)ベースの制御チャンネル(10Mbps)が追加されています。それにより、効率的なSOTA(Software over the Air:無線によるソフトウェアの更新)機能を利用できるようになりました。これは、インテリジェントなA2B対応ノードをリモートでプログラミングできるということに相当します。この製品ファミリに導入された新機能により、LEDを備える非常に高級なアーキテクチャのマイクのノードにも適切に対応できるようになります。

車載分野におけるA2Bとデジタル・マイクの活用

自動車の業界では、マイクを利用した新たなアプリケーションが続々と誕生しています。1個の音声マイクを使うものもあれば、HF通信向けにBF対応のマイク・アレイを使うものもあります。ANC、RNC、ICCに対応するアプリケーションも存在します。あるいは、サイレンの音の検出に使われるものもあります。技術や市場の動向に応じ、現在、ほとんどの新車はHF通信用のマイク・モジュールを少なくとも1個は備えています。高級車の中には、6個以上のマイク・モジュールを備えているものもあります。それらのマイク・モジュールは、BF、AEC、ANC、RNC、ICCなどの潜在能力を最大限に発揮するためには必須の要素です。そして、使用するマイクについては、MEMSベースのデジタル・マイクに明らかな優位性があります。

車載インフォテインメントを担当する技術者は、マイクの数が増えると1つの大きな課題を抱えることになります。それは、どのようにして接続用のハーネスを簡素化し、重量を最小限に抑えるかというものです。従来のアナログ・システムで、この課題を解決するのは簡単なことではありません。アナログ・マイクには、少なくとも2本のシールド・ケーブル(グラウンド、信号/電源)、ピン、相互接続用のコネクタ・キャビティが必要です。ワイヤの数は、常にシステム内のマイク・モジュールの数の2倍になります。一方、ハーネスの総重量は、各マイク・モジュールの接続に必要な配線長によっては急激に増加する可能性があります。この問題を軽減するための簡単な方法は、複数のアプリケーションで1つのマイクからの信号を共有することです。それにより、システムで使用するマイクの数を削減するのです。例えば、1つのマイクで取得した信号をHF通信で使用し、ANCシステムではそれをエラー信号として使用するといった具合です。しかし、アプリケーションが異なれば、異なる特性のマイクが必要になることもあります。例えば、HF用のマイクの信号において車室内の低周波のノイズ成分を除去したい場合には、周波数特性が右肩上がりの形状(つまり、周波数が高くなると感度が高くなる)であることが好ましいケースが多いでしょう。これは、マイクを使う場合に音声の明瞭度を高めるための非常に効果的な手法です。一方で、ANCのアルゴリズムは、低周波のノイズ成分を低減することを主な目的としています。したがって、ANC用のマイクには、低い周波数領域に対する十分な感度が必要になります。つまり、アナログ・システムを使用する2つのアプリケーションで1つのマイクを共有するには、マイクからの信号を異なる回路に供給し、適切なフィルタリングを実施する必要があります。ただ、そのようにシステムを構成すると、1つ以上のグラウンド・ループが形成されてしまうかもしれません。結果として、ノイズに関する重大な問題が生じる可能性があります。

A2Bは、デイジーチェーン接続を可能にするデジタル・バス技術です。これとMEMSベースのデジタル・マイクを組み合わせれば、最適なソリューションを実現できます。自動車の分野では、オーディオ、音声、ノイズ・キャンセルなどを利用する音響アプリケーションが急速に拡大しています。A2Bを採用すれば、そうしたアプリケーションにおいて、複数のマイクで取得した信号を相互接続/共有することが可能になります。例えば、HF用のマイク・モジュール、ANC用のマイク・モジュール、BF用に2個のマイク素子で構成したシンプルなマイク・アレイ・モジュールを必要とする車載アプリケーションがあったとします。また、それら3つのモジュールはすべてオーバーヘッド・コンソールの周辺に統合されていると仮定しましょう。図3に示したのは、そのようなアプリケーションの設計例です。図3(a)は従来のアナログ・システム、図3(b)はA2Bを採用したデジタル・システムによってアプリケーションを実現しています。

図3. アプリケーションの設計例。(a)はアナログ・マイクを用いたアナログ・システムであり、シールド付きのケーブルを使用しています。 (a) (b)(b)はA2Bとデジタル・マイクを組み合わせたデジタル・システムであり、UTPケーブルを使用しています。
図3. アプリケーションの設計例。(a)はアナログ・マイクを用いたアナログ・システムであり、シールド付きのケーブルを使用しています。 (a) (b)(b)はA2Bとデジタル・マイクを組み合わせたデジタル・システムであり、UTPケーブルを使用しています。

上述したように、アナログ・システムではマイクを簡単に共有することはできません。したがって、各アプリケーション(HF、ANC、BF)用のブロックには専用のマイクと、それぞれに対応する回路に接続するためのハーネスが必要になります。図3(a)の例で言えば、4個のマイクと3組のハーネス(全部で7本のケーブルとシールド)が必要です。一方、A2Bを採用したデジタル・システムであれば、信号の共有に容易に対応できます。例えば、図3(b)に示したように、マイクの数を4個から2個に削減できる可能性があります。この例では、広帯域/無指向性のマイクを2個使って構成した1個のマイク・モジュールを使用しています。この構成により、3つのアプリケーション・ブロックの要件を満たす2チャンネルの音響信号を供給することが可能です。それらの信号がシンプルなUTPケーブルを介して中央の処理ユニット(例えば、ヘッド・ユニットやアンプ)に到達すると、その信号が共有され、HF、ANC、BFの各アプリケーション向けのデジタル処理が行われます。

図3に示した例は、現実の状況に即したものだとは言えないかもしれません。しかし、従来のアナログ技術と比較した場合のA2B技術の長所を明確に表しています。A2Bのようなデジタル・オーディオ・バス技術を利用すれば、自動車メーカーが抱える課題に対処することができます。つまり、オーディオ/音響に関する新たなコンセプト/アプリケーションを提供できるようになります。また、それらのアプリケーションを市場に迅速に投入することで、ユーザ・エクスペリエンスを高めることが可能になります。

実際、A2B技術により、従来、車載市場では実現が困難だった多くのアプリケーションが導入されるようになりました。例えば、車載用オーディオ・ソリューションの大手企業であるHarman International Industriesは、A2Bと組み合わせることで様々な車載アプリケーションに対応できるデジタル・マイクとセンサー・モジュールを製品化しています。図4は、A2Bに対応する一般的な車載用マイク/センサーが車両でどのように使用されるのかを表したものです。ANC/音声通信用のA2B対応マイクとマイク・アレイ、RNC用のA2B対応加速度センサー、車外に取り付けるバンパー用のA2B対応マイク、サイレンの検出や音響環境の監視に使用するルーフトップ用のA2B対応マイクなどが使われています。Harman Internationalは、自動車におけるユーザ・エクスペリエンスの更なる向上を目指しています。図4に示したようなA2B対応マイクと加速度センサーにより、複数のセンサー入力を必要とする多くのソリューションを開発中です。

まとめ

将来の車両では、マイクや加速度センサーといった高性能の音響センシング技術への依存度がますます高まっていきます。センサー、相互接続、プロセッサなどを含めた完全なデジタル手法を採用することにより、性能とシステム・コストの面で大きなメリットが生まれます。アナログ・デバイセズとHarman Internationalは協業を通じ、最終消費者に対して価値と差別化をもたらすコスト効率の高いソリューションを提供していきます。

図4. A2Bに対応する車載向けのマイクとセンサー
図4. A2Bに対応する車載向けのマイクとセンサー

著者

Ken Waurin

Ken Waurin

Ken Waurinは、アナログ・デバイセズのストラテジック・マーケティング・マネージャです。A2B技術に関する全責任を負っています。1996年に入社して以来、DSP、MEMS、コンバータ、ビデオ、コネクティビティなど、複数の技術分野にまたがる製品の管理、事業開発、戦術的/戦略的マーケティングを担当。現在は、車載インフォテインメントや高級オーディオ、RNC、車室内通信など、車両の差別化を牽引する新規アプリケーションに注目しています。

Dietmar Ruwisch

Dietmar Ruwisch

Dietmar Ruwisch は、アナログ・デバイセズのシニア・オーディオ・テクノロジストです。人と人あるいは人と機械の間で行われるオーディオ通信の質を高めることに注力。それに関連するマイク/マイク・アレイの信号処理を担当しています。オーディオ信号処理を専門として、複数の特許を取得。ミュンスター大学(ドイツ)で物理学を学び、1998年に人工ニューラル・ネットワークに関する学位論文により博士号を取得しました。

Yu Du

Yu Du

Yu Du氏は、Harman International Industriesのシニア・プリンシパル・アコースティック・エンジニアです。車載アプリケーション向けの先進的なマイク/センサー技術の開発を担当しています。構造音響学、アクティブ/パッシブな振動/ノイズ制御、MEMSトランスデューサの設計/シミュレーション、聴覚科学、音響信号処理など、音響分野で20年以上にわたり研究開発を行ってきました。米国音響学会(ASA)、オーディオ技術学会(AES)、米国機械学会(ASME)の会員であり、AESでは車載オーディオ技術委員会の委員を務めています。清華大学(中国 北京)で車両工学の学士号と修士号を取得。バージニア工科大学(バージニア州ブラックスバーグ)で機械工学の博士号を取得しています。