TNJ-019:B級増幅回路の電力効率を式で求めてみる

2016年06月06日

2016年6月6日公開

はじめに

これまでの技術ノートは2段組み(一面を2列に分けてレイアウト)でしたが、この技術ノートTNJ-019では、数式を多用することから1段組みとさせていただきます。1行が長くなるので幾分見づらくなりますが、ご容赦いただければと思います。

さて、またアマチュア無線をやりたいと思っています。20年後くらい(齢(よわい)を考えれば、もっと間近か!?)に時間が取れるようになったら、1kWの落成検査[1]を送信機、受信機、1kWのリニアアンプ、電源、ベースバンドDSP信号処理など、全て自作で作って、合格になれたらいいなあとか思っています(人からは買ったほうが安いよと言われます)。

そんな想いを巡らせつつ本棚に目をやると、図1の雑誌の背表紙が!「こんなの持ってたのね…」とぱらぱらめくると、各社の製品の技術紹介が!!しばし斜め読み…。「うーむ、自分のさるぢえでは、これほどのノウハウのカタマリは定年後から40年経っても無理では?」と思いました…。JRL-3000F(JRC。すでに生産中止)はオープンプライスらしいですが、諭吉さん1cmはいかないでしょう。たしかに「人からは買ったほうが安いよと言われる」という話しどおりでした(笑)。

そんな想いから、「1kWのリニアアンプは送信電力以上にロスになる消費電力が大きいので、SSB[2]時に電源回路からリニアアンプに加える電源電圧を、包絡線追従型(図2にこのイメージを示します)にしたらどうか?」と考え始めたのが以下の検討の始まりでした。

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[1] 空中線(アンテナ)電力が200Wを超える場合に必要。電波法第10条抜粋『(落成後の検査)第8条の予備免許を受けた者は、工事が落成したときは、その旨を総務大臣に届け出て、その無線設備、無線従事者の資格及び員数並びに時計及び書類について検査を受けなければならない』

[2] Single Side Band modulation; 抑圧搬送波単側波帯変調。Wikipediaより抜粋『情報を片側の側波帯のみで伝送するもの。短波帯の業務無線やアマチュア無線などで利用される。搬送波よりも上の周波数の側波帯をUSB (upper sideband)、下を使うものをLSB (lower sideband) という。アマチュア無線を除いては、原則としてUSBを使用する。アマチュア無線では、7MHz帯以下ではLSB、10MHz帯以上ではUSBを使う慣習になっている』 

 図1. HAM Journal 2003年秋号, No. 107, CQ出版社

 

図2. 電源回路からリニアアンプに加える電源電圧を包絡線追従型にしてみるアイディア 


 

トランジスタの増幅はA級、B級、C級がある


トランジスタの増幅にはA級、B級、C級があります。これ以外にもD級やE級が最近用いられています。D/E級については良しとして、A~C級について考えてみます。これらの級の違いは、信号波形1周期中でトランジスタに電流がどのように流れているか、どのタイミングで流れているか(これを「流通角」といいます)により分けているものです。B級は半周期のときにトランジスタに電流が流れ、それ以外のところ(残りの半分の周期)では、トランジスタに電流が流れません(つまり流通角は180°になります)。

このため一般的にB級では二つのトランジスタを図3のようにプッシュプル構成にして、二つのトランジスタで一周期の半分ずつを分担します。右の図はトランジスタQ1とQ2に流れる電流をSPICEシミュレータADIsimPEでシミュレーションしたものです。トランジスタQ1とQ2がそれぞれ半分の周期ごとにオンしていることが分かります。

図4 (a)にA級で増幅しているようすを示します(これはシングルエンドでシミュレーションしています)。信号波形の全ての領域において、トランジスタに電流が流れていることが分かります。B級のようすは図3の右のとおりです。半波のときはトランジスタに電流が流れ、それ以外のところ(残りの半分の周期)では、トランジスタに電流が流れません。同じくC級でのようすを図4 (b)に示します。トランジスタに電流が流れるのは半分未満の周期の時間だけであり、それ以外のところ(残りの部分)ではトランジスタに電流が流れません。

図3. B級では二つのトランジスタをプッシュプル構成にして、半周期ずつを分担

図4. 各増幅方式ごとの信号波形(ADIsimPEを用い、シングルエンド動作でシミュレーション)

 

この動作の違いにより、トランジスタに加える直流電力PDCに対して出力で得られる最大電力POMAXで計算できる「トランジスタの電力効率η」が

 

TNJ-019_EQ1 

 

として計算できることになります。C級が効率が一番良く(一方で歪みも大きい)、B級、A級と効率が悪くなってきます。

この技術ノートでは、包絡線追従型電源に想いを巡らせた結果、B級増幅の効率ηや、電力のロスであるコレクタ損失PCの勉強も兼ねて、B級増幅の低出力時のηPCの検討をしてみました。古くから説明しつくされているでしょうが、細かい導出を示している本が見つからなかったので、自分でやってみました(より効率の高いD級以上を使うことも考えられますが)。

 

B級増幅は78%が理論最大効率

B級増幅での片側のトランジスタに入力される直流電力PDC(Single)は、図5に示すように、トランジスタに加わる電源電圧(エミッタ・コレクタ間電圧)をECE、負荷線による最大振幅可能な電流(実際は負荷を駆動する電流)をIMAXとすれば、IMAXが半波であることから、平均値である直流電流IDC

 

TNJ-019_EQ2 

 

となり、

 

TNJ-019_EQ3 

 

が得られます。

図5. これから考えていく各記号の意味合い 

 

両側のトランジスタでは単純にこの直流電力PDC(Single)の2倍となるので、全体の直流入力電力PDC

 

 TNJ-019_EQ4

 

となります。一方、最大出力(これが定格出力になります)POMAXは、波形の尖頭値がECEIMAXであるので、

 

TNJ-019_EQ5 

 

となります。POMAX/PDCが効率ηであるので、

 

 TNJ-019_EQ6

 

が得られます。良くいわれる「78%が理論最大効率」が求められました。これは単純ですね。 

 

最大コレクタ損失が生じるのはV = (2/π)ECE

次にコレクタ損失PCの最大値を計算してみます。出力POの電圧・電流尖頭値をVDRVIDRVとすると、

 

TNJ-019_EQ7 

 

となります。この最大値はPCを一階微分すれば求まる(無線従事者試験の解答の定石)のですが、VDRVIDRVと2変数になるので、この関係を示すと、

 

TNJ-019_EQ8 

 

となっているので(出力負荷RLを導入してもよいです)、

 

TNJ-019_EQ9 

 

より、一階微分した結果をゼロとおき

 

TNJ-019_EQ10 

 

これにより、コレクタ損失PCが最大になるときの出力電圧尖頭値は、

 

TNJ-019_EQ11 

 

が得られます。結局この計算は正弦波の平均値を求めていることになります。なるほど…。

 

B級増幅で最大損失はV = (2/π)ECEのときでありη = 50%になる

次にさきの条件のとき、効率がどれほどで、どのくらいの直流電力/出力電力かを計算してみましょう。直流入力電力PDC

 

TNJ-019_EQ12 

 

および、式(6)より、このときの効率は

 

TNJ-019_EQ13 

 

η = 50%のときに丁度最大損失になることが分かります。ただしトランジスタがプッシュプルで二つあるので、おのおののコレクタ損失PCは1/2に低減できることになります。

つづいてPOは式(8)より、

 

TNJ-019_EQ14 

 

を用いて

 

TNJ-019_EQ15 

 

が得られます。最大出力(定格出力)時POMAXの40.5%のところ、つまり1kW定格出力だと400W出力時が一番発熱することも分かります。ここで式(12, 15)を再掲すると、

 

TNJ-019_EQ12_15 

 

となっているため、なるほどη = 50%になっていますね。

 

低出力時の効率ηを計算してみる

SSBの実効電力は結構低いものです。それを考えると低レベル送信時の効率がどうなるか気になるところです。これがこの技術ノートの本来の話だったわけです。そこで任意の出力時の効率を計算してみましょう。式(4, 5)に実際の出力電圧、電流を代入して、

 

TNJ-019_EQ16 

 

また式(16)に式(8)を用いて、

 

TNJ-019_EQ17

 

から

 

TNJ-019_EQ18

 

これと、式(13)より

 

TNJ-019_EQ19

 

ということで、効率は出力の電圧、電力の平方根に比例することも分かりました。

 

低出力時のコレクタ損失PCを計算してみる

出力が下がれば効率は低下することが分かりましたが、PDCも低下するので、PCはこのとき一体どうなるのかを考えてみたいと思います。何か同じ事を、同じ式を「こねくりまわす」という、自分でも一番キライなことをやっている感じですが、またもっと簡単に解けそうなものですが、もうちょっとなので続けてみます。

η = 50%との比例計算より、

 

TNJ-019_EQ20 

 

TNJ-019_EQ21 

 

と計算できます。では検算をしてみましょう。POMAX = 1kW(定格電力), PO = 1kW(定格出力にした時)だと、POMAX = POですから、

 

TNJ-019_EQ22 

 

よしよし(笑)。最大損失時は、PO  = (4/π2)POMAXですから、

 

TNJ-019_EQ23 

 

となり、PC = POであるため、計算は正しそうです。

 

低出力時の効率の実際

それでは実際に数値を代入して計算してみましょう。たとえば1kW定格出力のリニアアンプで、瞬時ドライブ電力が100Wだとすると、

 

TNJ-019_EQ24 

 

のコレクタ損失PCとなるわけですね。これは結構大きいといえば大きいものです。つまりECEが一定の定電源電圧だと、出力が低い場合は極端に効率が低下してしまうことが分かりました。

図6に数値計算ツールでPOMAX = 1kWの定格出力において、POごとのPCを計算させてみました。この図を見ると400W以下だと急激に損失が減りますが、SSBだとどのあたりが使われるのでしょうかね?? 

図6. 定格出力1kWでの出力電力POとそのときのコレクタ損失PC 

 

確率密度関数的に表してみると… 

音声の振幅レベルのPOに関しての確率密度関数をProb(PO)とすれば、平均電力損失は、

 

TNJ-019_EQ25 

 

となりますが、Prob(PO)とがどうなるのか判らない私には、PC-AVRは「知る由もない」ということになってしまいます…。

 

まとめ

ということで、いちおうそれでも(笑)、結論としては、「包絡線追従型の電源回路の方がやはり損失は少ない」ことが分かりました。回路を作るのは大変ですが、「地球にやさしい」ということに結論づけられそうです。

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著者について

石井 聡
1963年千葉県生まれ。1985年第1級無線技術士合格。1986年東京農工大学電気工学科卒業、同年電子機器メーカ入社、長く電子回路設計業務に従事。1994年技術士(電気・電子部門)合格。2002年横浜国立大学大学院博士課程後期(電子情報工学専攻・社会人特別選抜)修了。博士(工学)。2009年アナログ・デバイセズ株式会社入社、現在に至る。2018年中小企業診断士登録。
デジタル回路(FPGAやASIC)からアナログ、高周波回路まで多...
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